■ 「コンテンツ」というのは「中身」を意味する
単語のようですが、
近頃ではもっぱら「価値のある情報」というような
意味合いで用いられることが多いようです。
ITの普及とともに使われることが増えた
単語の一つといえるでしょう。
■ さて、コンテンツは「中身」なので、
それを運ぶには「器」が必要です。
そこで必要となるのがメディア(媒体)です。
情報を格納するという意味でCDやDVDも
メディア(媒体)とよばれることもありますが、
情報を媒介する手段という意味で
新聞や雑誌、Webサイトを指すことが
多いでしょうか。
コンテンツとメディアがそろうことで
情報が伝達される素地が整います。
人々が欲するのは「中身」たる
コンテンツです。
しかし、コンテンツが提供される際には
なんらかのメディアを介します。
そして、そのメディアによってコンテンツの
価値が変わってしまうこともあり得ます。
中身たるコンテンツと器たるメディアは
無関係であって欲しいところですが、
現実にはそうではありません。
Yahoo!ニュースのトップ記事と
2ちゃんねるの投稿が同じ内容(=コンテンツ)
だからといって、その価値を等しく
見積もる人はほとんどいないでしょう。
もちろん、それはネットに限った事ではなく
大手新聞と夕刊紙、週刊誌の記事を同列には
見ないはずです。
媒体によってそのコンテンツの価値評価は
かなり変わりうるということです。
■ さらにいえば、それはいわゆる「メディア」に
限った話ではありません。
誰しも
「○○さんの話は眉唾だ」
「××さんの情報なら信頼できる」
などという会話を聞いたことがあるでしょう。
これは同じコンテンツでも媒介する人が
変わるとその価値が変化するこを示唆します。
オオカミ少年はいつも偽りのコンテンツを
発信していたために、真実を伝えたときに
取り合ってもらえませんでした。
メディアとして信用されなくなっては
真のコンテンツを持っていても伝わらない
好例といえます。
■ コンテンツが大きな価値を持つ情報化社会で
成果をあげていくには
じぶん自身が信頼出来るメディアで
いることも重要になりそうです。
今日の【まとめ】
■ コンテンツの伝達にはメディアがセットで必要
■ メディアによってコンテンツの価値が変化する
■ じぶん自身が信頼出来るメディアたるよう気をつけよ
【IT論考β】 コンテンツの価値を下げるメディアになってしまわぬよう。[#295]
