誰をベンチマークとするかで世界が変わる。

ほぼエッセイ

コンピュータの世界にはベンチマークソフトというものがあります。種類の異なる様座なコンピュータの性能を測定して指標化するためのソフトです。たとえば、スパコン「京」が世界一になったことがありましたが、これもベンチマークソフトの結果が一位だったということです。

コンピュータの世界では専ら性能測定の意味に使われる「ベンチマーク」という単語ですが、元をたどると「測量において利用する水準点」とのこと。そこから転じて基準とする値・指標という意味で使われる業界が多いようです。

日本の株式市場では日経平均やTOPIXがベンチマーク指標として利用されますが、金融の世界には様々なベンチマーク指標が存在していて、それらを上回れるかを市場参加者は競っているということになります。

私たちの日常にも半ば無意識的にベンチマークは存在していて、例えば誰々さんを目標とすると決めたのであれば、その人がベンチマークということになります。そしてそのベンチマークに対してどれくらい離れているか、追いつけたかで自分の成長を測っていくわけです。つまり日常においてベンチマークとは追いかける基準ですから、どんな基準を追いかけるかで行き着く先は変わってきます。

もちろん、ベンチマークたる基準の高さは重要です。目指す基準が高くなければベンチマークに追いついたところで早々に手を緩めてしまうでしょう。それでは大きな成長は望めません。

もうひとつ、基準の高さ以外にも方向性というのも重要です。人にはそれぞれ価値観があり、何を大事に生きているかは十人十色です。そこに優劣はないわけですが、ベンチマークする相手と自分の向いている方向性がずれていては適切な指標として機能してくれません。ベンチマークには追いついているのに、自分の行きたい方向ではなかったという不幸が起こりえます。

ベンチマークとする人(あるいはモノ)を選ぶときにはその基準の高さと方向性の両方を勘案する必要があるということです。つまり、人生におけるベンチマークはベクトルの形をしているというわけです。

さて、誰をベンチマークとして生きていけば楽しい人生が送れるでしょうか?

タイトルとURLをコピーしました