なぜ自分を客観的に評価・分析することが必要か?

ほぼエッセイ

多くの人が「自分のことは自分が一番よく分かっている」と考えています。確かに自分のことを一番考えているのは自分でしょうから一理あります。一方で、そのほとんどの時間を主観の世界で生きているのもまた事実。

自分自身を知る、が本日のテーマです。

現代において成果をあげる人間になりたいのなら、

不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである。全くの無能を平均以下の水準にするには、一流を超一流にするよりも、遙かに多くのエネルギーと努力を必要とする。(明日を支配するもの p.199)

という、ドラッカーの言葉を心にとめておく必要があるでしょう。強みに集中することが必要だということです。

そしてまた、

誰でも、自分の強みは分かっていると思う。たいていが間違いである。知っているのは、強みと言うより弱みである。それでさえ間違いのことが多い。(明日を支配するもの p.194)

という言葉も考慮にいれる必要があるでしょう。

換言すると、成果をあげたければ強みに立脚する必要があるが、その強みというのは自分では分からない、ということです。

自分自身のことを一番考えているのは自分かもしれませんが、それはあくまで主観という世界の中でのこと。自分のことを客観視する、これほど難しいものも中々ありません。自分を客体化し、外から見つめる。言うは易く行うは難しです。

単に自らが幸福と感じるだけでよければ、主観の世界で幸せであることに努めればよいでしょう。しかし、世の中に対して何らかの貢献をしたい、プラスの痕跡を残したいと思うのであれば、成果をあげる方法を知らなければなりません。

そのためには、まずは自分が何において強みを発揮できるかを知ることが必要であり、それは自分一人の主観では出来ないことなのです。それゆえに、客観的に自分を分析・評価してもらうことに意義が生まれるといえます。

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