ベンチマークとしてのblog執筆。

ほぼエッセイ

少し前に、「誰をベンチマークとするかで世界が変わる。」というエントリを書きましたが、目的によってはベンチマーク対象は何も他人に限らないというお話です。

ベンチマークをここでは「基準とする指標」と定義して話を進めます。

さて、そもそも基準が必要なのはなぜでしょう?

それは「比較」したいからです。ベンチマーク指標に対して上なのか?下なのか?を知ることによって何らかの情報を得ようとしています。例えばコンピュータのベンチマークであれば、そのスコアによって「コンピュータとしての性能」を比べるわけです。

何を比べたいかによって、ベンチマークとする指標を選択することになるのですが、「過去の自分」と「現在の自分」というのも比べる対象になり得るでしょう。自分がいったいどれだけ成長したのか?成長したとしてそれはどのくらいか?といったことを知りたいとき、比べる必要があるのは他人ではなく過去の自分です。そのためには過去の自分を残しておく必要があります。

人間の記憶というのは当てにならないモノで、ねつ造・改ざんを意識的にも無意識的にも行うことができます。よって記憶で過去のと現在の自分を比較するのは正確さを著しく欠きます。となると、何らかの記録を参照する必要があります。

そこで使えるのがblogというわけです。エントリとして残される文章は、そのときの自分の思考を言語化したモノです。思考とその言語化に影響を与える要因は種々ありますが、エントリとはそれらが反映された結果です。その意味では、結晶化されたその日の自分と考えてもよいでしょう。よって、エントリをベンチマークに使うことができます。

過去のエントリをベンチマーク指標として使うことで、(主観的に)現在の自分が過去の自分と比べてどうなっているかを知る助けとなります。日々エントリを残していればどう変化していったかを追うことも可能でしょう。

なお、ベンチマークを使うということは、あくまで「基準とする指標」との相対的な関係がわかるだけで、絶対的にどうであるかは分からない点は注意が必要ですね。

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