エースが組織にいたら、そんな組織はおかしい。

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組織とチーム論、その2です。(その1⇒組織とチームは違うと思うよ。 – SE論考)

組織にはハイパフォーマーなんていらないし、いたらそれは無駄でしかない。というのが本日の主張です。

 

その1において、「組織は先に枠組みがあり、それは人によらず一定の質の成果をあげ続けるためだ」という趣旨のことをいいました。

さきに枠組みあるということは、その枠にはまるべき人材の能力というのは相当程度均質化されているということです。枠組みに投入されるのが人間という個性をもった生き物なので、ある程度のムラは許容されるように枠組み(組織)を設計するでしょうが、完全に規格外の人間というのは採用の段階で排除されるわけです。

その後は、研修というものによってより人材の均質化を図ることで、大きなムラはなくなるようにするわけです。

このような主張を現代においてすると、企業の人事担当者からは「我々は個の力を尊重している」と反論がきそうです。しかし、組織というのが「常に一定の質のアウトプットをだすための仕組み」であることを否定せずに、個を尊重するのは至難の業です。個を尊重する、つまり組織にエースの存在を認めたときに、エースがいなくなってもそれ以前と同じアウトプットを出し続ける仕組みを備えていなければ出来ないことだからです。

プロスポーツを見れば明らかなように、エースがいなくなればチームのパフォーマンスが落ちるように、企業組織においてエースの存在を認めればエースがいなくなったときに企業の業績は落ちざるを得ません。そのような組織は、組織としては脆弱である、と言わざるを得ないでしょう。

 

さきほど、規格外の人間は排除されると言いましたが、排除されるのは能力が著しく劣っている場合だけではなく、著しく秀でている場合も含まれます。エースの存在は組織を脆弱にするからです。出る杭は打つか、排除されるということです。

ここに、組織のジレンマがあります。

「エースが組織にいたら組織としては脆弱になる。しかし、エースがいた方が短期的には業績があがるからいて欲しい」

このジレンマの解決法を筆者は知りません。うまく解決できている日本企業も筆者は浅学にして知りません。

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