「自分には響かない」と知ることも一つの学び。

ほぼエッセイ

著名人だったり身近な人が絶賛している本を読んだり、映画を見たところ、「思ったほど響かない」なんてこともあるのではないでしょうか。

感性が違ったのかもしれませんし、その人に比べて何かを読み取る力が自分にないのかもしれませんし、たまたま興味関心がちがったのかもしれません。理由はさまざまでしょうが、この「響かなかった」事実をどう受け止めるかが大事です。

響かなかったという事実だけを見れば、投下した時間に対してあまり多くの学びをえられなかったということになるでしょう。つまり、投資に対してほとんどリターンがなかったということになります。確かに何かを求めて本を読んだり、映画を見たのであれば一理あります。

しかし、そのような捉え方は少々一面的に過ぎます。(少なくとも今の)自分には「響かない」ということに気づけたことにこそ、価値を感じるべきです。生きることは選択の連続であり、その選択肢は無数にあります。自分がどの方向に進むべきか迷うことも多いでしょう。

しかし、どの方向に進むべきかは事前に知ることはできません。であるならば、なるべく自分の心が響く方向に進んでおくべきです。没頭没入できる世界であれば成果があがる可能性も高いのです。そのためには色々な選択肢を少しずつ試してどんな分野が自分に響くのかを知る必要があります。

したがって、響かないことを知るのは響くものを知るために必然的に必要なステップなのです。そう考えれば、決してこのような投資がムダにはならないことがわかるはずです。

もっとも良くないのはサンクコストになることをおそれて何もしないことですから。

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